1. HOME
  2. Geekly Media
  3. 【ZETA DIVISION×Geekly】プロゲーマーという生き方【前編】―ドミニカ共和国から世界へ、MenaRDが歩んだ道~Vol.3~
【ZETA DIVISION×Geekly】プロゲーマーという生き方【前編】―ドミニカ共和国から世界へ、MenaRDが歩んだ道

【ZETA DIVISION×Geekly】プロゲーマーという生き方【前編】―ドミニカ共和国から世界へ、MenaRDが歩んだ道~Vol.3~

「ZETA DIVISION Geekly」。「SFL JAPAN 2026」におけるZETA DIVISIONのSTREET FIGHTER部門のチーム名であり、昨シーズンに引き続きGeeklyがネーミングライツパートナーを務めます。2026年シーズンを迎えるにあたり、ドミニカ共和国出身のMenaRD選手がチームに加わりました。17歳で臨んだ「CAPCOM CUP 2017」で世界の頂点に立つと、「CAPCOM CUP IX」でも優勝。史上初のCAPCOM CUP2度制覇を達成するなど、数々の大会を勝ち抜いてきた、現行シーンの最前線に立つプレイヤーです。

 

カリブ海に浮かぶ島国から、彼はどのようにして世界の頂点へたどり着いたのか。そもそも、アメリカへのビザを取ることすら「ほぼ不可能」とされる国で、なぜプロゲーマーという職業を選んだのか。今回は、MenaRD選手を中心に、ももち選手・ひぐち選手・ヤマグチ選手を交えた4名での座談会をお届けします。テーマは「キャリア」。前編では、4人がプロゲーマーになるまでの道のりをうかがいました。

平均年収UP率84万円!キャリアアップを叶えるならIT転職ギークリー - キャリアの相談をしてみる

「気づいたら、なっていた」―プロゲーマーへの入り口

 

―まずは自己紹介と、ズバリ「なぜプロゲーマーになったのか」を教えてください。

 

ヤマグチ:ZETA DIVISION Geekly所属のヤマグチです。いきなり難しい質問ですね(笑)一言でいうと「気づいたら、なっていた」に近いです。ゲームを始めた当初からプロゲーマーという職業自体は知っていましたが、まさか自分が本当になれるとは思っていなくて。夢の一つではあったけれど、自分がゲームをやっていて、その先にあるものに自然と近づいていった、という感覚です。「なろうと思ってなった」という感じではないですね。

 

―流れの中で、と。

 

ヤマグチ:そうですね。ただ付け加えるなら、ひぐちくんやももちさんとの出会いは、自分がプロゲーマーになるまでの過程ですごく大きな影響がありました。

ももち:ZETA DIVISION Geekly所属のももちです。僕の印象は、二人とはちょっと違うんですよ。二人は僕の「弟子企画」に応募してきてくれたんですが、当時、本人たちはプロゲーマーになろうなんて夢にも思っていなかったと思うんです。「同じ年代のゲームができる友達が欲しい」とか「プロに教えてもらえるいい機会だ」というくらいの動機で。でも、応募している時点で、ゲームに対しての前向きな思いは絶対にあるじゃないですか。

 

―たしかに。

 

ももち:才能ももちろんありましたし、続けていく中でゆくゆくそういう道も出てくるんじゃないかな、と予感しながらやっていました。だから本人たちは「自然となった」と言うけれど、僕から見ると、入り口はちゃんと自分で選んでいるなという印象があります。

 

【ZETA DIVISION×Geekly】プロゲーマーという生き方【前編】―ドミニカ共和国から世界へ、MenaRDが歩んだ道

 

―ひぐちさんはいかがですか。

 

ひぐち:ZETA DIVISION Geekly所属のひぐちです。僕もヤマグチくんと似ていて、ゲームが好きでやっていて、ももちさんの弟子企画に応募して、という流れですね。ただ個人的に思うのは、高校生の頃はまだ満足に練習ができていなかったんですよ。大学生になって時間も取れるようになって、一度ちゃんと腰を据えて、奥の奥まで……“深淵”まで潜ってみようかなと。

 

一同:「「「「「深淵?」」」」」

 

ももち:深淵はちょっと違う気がするけど(笑)

 

【ZETA DIVISION×Geekly】プロゲーマーという生き方【前編】―ドミニカ共和国から世界へ、MenaRDが歩んだ道

 

ひぐち:深淵ではなく(笑)とにかく、一番奥深いところまでどっぷり浸かってみたかった。自分がどこまでやれるのか挑戦したかったんです。それまではちょっと手前のところでやっていた節があったので、ももちさんのような第一線でやっている人たちと本気で戦ってみたいなと。実際にやってみたら感触が良くて、結果も出せた。それで「プロゲーマー、やれそうだな」というビジョンがなんとなく浮かんだので、頑張ってみようかなと思いました。

 

―見えたんですね。“深淵”が。

 

ももち:二人が大学生の頃って、就職という選択肢も年齢的に出てくる時期なんですよね。プロゲーマーになるのか、卒業して普通に働くのか。すごく悩んだと思うんです。その中で「やれるところまでやってみたい」と踏み出したのは大きいと思います。

ひぐち:不完全燃焼で終わるのは悲しいなと思って。ちゃんとやったときに自分の実力がどれくらい通用するのか、気になっていたので。

 

―ひぐちさんの言う“深淵”が見えた瞬間から始まっていく、というのは皆さん共通なんですね。

 

MenaRDがプロを意識した瞬間

 

―MenaRD選手も、自己紹介とあわせてお願いします。

 

MenaRD:ドミニカ共和国出身、ZETA DIVISION Geekly所属のMenaRDだよ。プロゲーマーになった理由は、みんなとほとんど同じなんだ。友達とか家族と一緒に、最初はただ楽しく遊んでただけ。

でも、あるときゲームがきっかけでアメリカに行くチャンスがあって。あれは自分にとってすごく大きかった。実際に行ってみたら、みんな強いんだけど、自分でも勝てるんだよ。そこで「もしかしたら、いけるかも。プロになれるかも」って気づいた。

そこからは全力で、遠征して大会に出ることに力を注いだ。それで最初の1年で大きな結果を残せたんだ。それ以来、ずっとチャンスをもらい続けてる。

 

【ZETA DIVISION×Geekly】プロゲーマーという生き方【前編】―ドミニカ共和国から世界へ、MenaRDが歩んだ道

 

カリブ海に浮かぶ島国、ドミニカ共和国とは

 

―では、そこから伺っていきます。まず、ドミニカ共和国ってどういう国なんでしょうか。

 

MenaRD:ドミニカ共和国はカリブ海にある小さな島国で、国としてはまだ新しいんだ。だから文化的にはスペイン、アフリカ、アメリカとか、外からの影響がミックスされてる。音楽が好きで、料理が好きで、スポーツが好きな国だね。

あと、何かが「国の誇り」になりやすい国なんだよ。たとえば陸上競技で金メダルを取った選手がいるんだけど、それ以来みんなが「自分たちもいけるんじゃないか」と、国全体が陸上の国みたいになった。愛国心がすごく強くて、誰かが何かで勝つと、みんなが同じことをやろうとする。僕はそれを、ゲームでやろうとしてるんだ。

 

―ゲーム文化はどうですか。

 

MenaRD:昔からずっとコンソールが主流だね。スーパーファミコンの時代から。誰か一人がスーパーファミコンを持ってて、みんながそれを遊ぶために行列を作る、という文化があった。そこから『スーパーマリオ』シリーズとか『ストリートファイターII』でみんながハマっていったんだ。
最近はもっと人気で、特にNBAとかMLBみたいなスポーツゲームが強いね。文化としてはずっとあったけど、今は本当に「市場」になりつつある。eスポーツのブームもあるし、僕のキャリアで起きてることもあって、コンソールやPCを買って上手くなろう、キャリアにしようって人が増えてるよ。

 

―初めてプレイしたゲームタイトルは?

 

MenaRD:ゲームキューブの『大乱闘スマッシュブラザーズDX』だね。2歳のときだった。従兄弟の影響で始めたんだ。

 

―最初から対戦ゲームだったんですね。

 

MenaRD:僕は格闘ゲームと、家族で遊んだ大会で育ったから。初めて格ゲーをやったときにはもう競技だったから、僕にとってはこれが「ゲーム」なんだ。

 

「ゲームセンター」で培うメンタル

 

―最初から競技的な世界を見ていた、という感覚は日本の皆さんとも共通する部分がありそうですね。

 

ももち:ゲームセンターは、ちょっと事情が違いますけどね。僕の世代だと、ゲームセンターは本当に不良のたまり場で、「行っちゃダメな場所」と言われていたんですよ。で、ダメと言われると行きたくなる(笑)学校帰りにこっそり行っていました。

でも、あの経験は自分にとってすごく大きかった。不良に囲まれながらやって、ちょっと勝つと本当に囲まれて「調子乗んなよ」と言われる中でやっていたので、メンタルはめちゃくちゃ鍛えられました。

小学生からすると、中学生・高校生ってもう大人ですからね。囲まれたらちょっと命の危機を感じるくらい。でも、それよりも勝つことが優先だったんですよ。ここで屈しちゃダメだという気持ちが、自分のハングリー精神のベースになっているのかなと思います。

MenaRDに「なんでそんなに強いの? なんでそんなにメンタルが強いの?」と聞いたときも、日本との環境の違いを話してくれて。ドミニカ共和国は治安が日本ほど良いわけではないですし、危険な中でやってきたからメンタルが鍛えられたと。そういう意味では、自分も近いところがあるなと思いました。

 

―ひぐち選手、ヤマグチ選手の世代はいかがですか。身の危険を感じたことは?

 

ひぐち:さすがに不良は、あまり(笑)一回だけ経験したのは、ゲームセンターの対面台で相手に勝ったら、その人が隣の台に来て、財布をバンって置かれたことがありますね。周りに人がいたはずなのに、みんないなくなっちゃうんですよ。助けてくれよって(笑)

 

ももち:二人はハイブリッドなんですよ。オンラインもあったし、ゲームセンター文化もあった。元々はアーケードに通っていた世代です。彼らより下の世代は、アーケードにほぼ行ったことがない、家でしかやったことがない世代なので。

 

―ドミニカ共和国にも日本的なゲームセンター文化はあるんですか?

 

MenaRD:僕の街には、いわゆるアーケード(ゲームセンター)が2つあったね。ただ『ストリートファイター』の筐体は1台くらいで、『パックマン』とか『Dance Dance Revolution』みたいな、ファミリー向けのゲームが中心だったね。

僕らが「ゲームセンター」って呼ぶのは、日本とはちょっと違ってさ。誰かが持ってる2〜3台のコンソールを、何時間か借りて、みんなで遊ぶ場所のことなんだ。

 

まるで映画、初めての出国

 

―そういう環境から世界で戦うのは、相当大変だったと思います。アメリカの大会に行くきっかけは何だったんですか。

 

MenaRD:まずドミニカ共和国って、アメリカのビザを取ること自体がほぼ不可能って言っていいくらい難しいんだ。国を出るハードルがものすごく高い。

その中で、いろんな幸運が重なった。当時、僕は地元の大会でほとんど優勝してて、『ストリートファイターV』で結果を出してたんだよ。そこにコミュニティのある人が「ドミニカ共和国の選手を海外に送り出して、プロにして、シーンを育てたい」ってビジョンを持っててさ。その人がビザの取得を手伝ってくれたんだ。

 

―一人の方の思いから始まっているんですね。

 

MenaRD:それが一つ目。二つ目は、今も活躍してるNuckleDuとオンラインで対戦する機会があって、僕が勝ったこと。あいつがすごく感銘を受けてくれて、「こいつは強すぎるから、アメリカに来られるようにスポンサーを探そう」って動いてくれたんだ。

で、三つ目が、ビザを取りに大使館へ行ったときのこと。対応してくれた人がたまたま『ストリートファイター』好きだったんだよ。「バーディー使ってるんだろ? ダルシムについてどう思う?」なんて聞かれてさ(笑)本当にラッキーだった。

そうやってビザが取れて、僕は家族の中で初めてビザを取った人間になった。だからもう、行って戦うしかなかったんだ。

 

―映画みたいな話です。

 

MenaRD:本当に、ラッキーが重なったんだよ。

 

結び

 

ビザ一枚を手にするまでに、これだけの偶然と、人の力が必要でした。では、そうして背負ったものを、彼らはどう受け止めているのでしょうか。

後編では、プレッシャーとの向き合い方、表に立つ者としての振る舞い、そして4人がそれぞれ見据える未来について伺います。

 

プロフィール

 

■ももち
『ウルトラストリートファイターIV』で2度の世界制覇を達成し、「EVO」「CAPCOM CUP」「EVO Japan」という3大世界大会すべてで優勝を経験した日本トップクラスのプレイヤー。2015年11月にチョコブランカとともに忍ismを設立し、翌2016年からは若手選手育成プロジェクトをスタート。ひぐち、ヤマグチをはじめとする次世代の選手を輩出してきた。2025年よりZETA DIVISIONに加入。

■ひぐち
2016年、14歳のときに忍ismの選手育成プロジェクト第一期生に選出され、2018年3月より忍ism Gaming所属のプロ選手として活動を開始。2021年には「CAPCOM Pro Tour 2021 日本大会」で優勝するなど、日本を代表するガイル使いとして知られる。2022年にSaishunkan Sol 熊本へ移籍後、2025年よりZETA DIVISIONに加入した。

■ヤマグチ
2016年、ひぐちと同じく14歳で忍ismの選手育成プロジェクトに合格し、キャリアをスタート。以降、忍ism Gamingの中心選手として長く活動を続け、2025年よりZETA DIVISIONに加入。EVO Japan 2026では優勝を収めた。

■MenaRD
ドミニカ共和国出身。17歳で臨んだ「CAPCOM CUP 2017」を制し、「CAPCOM CUP IX」でも優勝。史上初のCAPCOM CUP2度制覇を達成した。直近の「EVO 2026」をはじめ数々の世界大会でも優勝を果たすなど、世界の第一線で戦い続けている。2026年シーズンのストリートファイターリーグロスターとしてZETA DIVISION Geeklyに加入した。

 

【ZETA DIVISION×Geekly】プロゲーマーという生き方【後編】―「プレッシャーは特権だ」4人が背負うものと、見据える究極のゴールは~Vol.3~

 

この記事の執筆者

岡野 朔太郎(Okano Sakutaro)

岡野 朔太郎(Okano Sakutaro)

東京在住ゲームメディアライター。プレイレポート・レビュー・コラム・イベント取材・インタビューなど、コンソールゲーム・PCゲーム・eスポーツについて書きます。

【ZETA DIVISION×Geekly】プロゲーマーという生き方【前編】―ドミニカ共和国から世界へ、MenaRDが歩んだ道

この記事が気に入ったらSNSでシェアをお願いします

あわせて読みたい関連記事

同じカテゴリの新着記事